大阪高等裁判所 平成2年(ラ)15号 決定 1991年10月01日
抗告人 島崎裕子
相手方 島崎正義
主文
原審判を次のとおり変更する。
抗告人と相手方との間の昭和59年6月28日判決確定による離婚に伴う財産分与として、
1 別紙物件目録(編略)(1)記載の物件を抗告人に分与する。
2 相手方は抗告人に対し、別紙物件目録(1)記載の土地につき、財産分与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
3 相手方は抗告人に対し、金1100万円を支払え。
4 相手方は抗告人に対し、別紙物件目録(2)記載の建物につき、期間を平成12年8月31日までとする使用借権を設定する。
理由
1 本件抗告の趣旨は「原審判を取り消す。本件を大阪家庭裁判所堺支部に差し戻す」というものであり、その理由は別紙「抗告の理由」記載のとおりである。
2(1) 本件記録によれば、
ア 抗告人と相手方は、昭和37年10月24日に婚姻し、両者の間に長女久子(昭和40年2月25日生)、2女美津子(昭和42年4月27日生)及び3女和美(昭和45年10月28日生)が出生した。相手方は、昭和55年に抗告人を被告として、神戸地方裁判所尼崎支部に抗告人との離婚を求める訴えを提起し、昭和58年3月28日「相手方と抗告人とを離婚する」旨の判決がなされ、抗告人が控訴、上告をしたが、順次棄却の判決がなされ、上記判決は昭和59年6月28日確定し、同年7月7日離婚の届出がなされた。そこで、抗告人は、昭和61年6月27日、原裁判所に本件財産分与の申立をした。
イ 当裁判所において、当事者双方に対し、事実上の和解を勧告したところ、当事者間に別紙合意書記載のとおりの合意が成立し(以下「本件合意」という)、当事者双方から本件合意にしたがった決定をなされるようにとの上申がなされた。
以上の事実が認められる。
(2) そこで、検討するに、当事者の意思及び本件記録に顕れたその他の事情を考慮すると、抗告人に対する財産分与として、相手方に対して、本件合意内容に沿う別紙物件目録(1)記載の土地の分与、金1100万円の支払い及び別紙物件目録(2)記載の建物につき使用借権の設定を命ずることが相当と認められる。
3 よって、1部これと結論を異にする原審判を変更することとし、家事審判規則19条2項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 篠原幾馬 裁判官 寺崎次郎 長門栄吉)
上告理由
(別紙)
抗告の理由
1 原判決は本件離婚の原因となった抗告人とシンプソンとの不貞行為については一言も言及せず、単にシンプソンとの交流があったことを認めるに止まっている。
抗告人は原審と同じく、右不貞行為は全く虚構であって、かえって相手方の富沢由紀子と情交とその正当化のため離婚訴訟を提起し、抗告人の本人訴訟による拙劣により不貞を理由として右請求は認容されて離婚は成立したと再度主張するものである。
2 原審判はその理由中において、相手方の仕事は頭脳労働は肉体労働と異なり、外部からその働きはよく分からず、しかもこれを妨害するには大きい音をたてるだけで十分であるとし、妻たる申立人はこの点を十分に理解せずにも拘らず、夫の出世や名声、収入には関心が高く、過大な分与請求をなしていると判示し、その態度には賛成できないとしている。加えて申立人の夫の頭脳労働に対し辛抱が足らず、何もしないで辛抱していれば裕福な生活が保障されていた。申立人は幸福者であったとし、これを考慮すれば申立人の相手方所有の財産寄与度はあまり大きくないと判断している。そして結論的にはその財産中、きわめて価値の低い主文記載の土地を分与して足れりとしている。
3 しかしながら、上記判示は明らかに誤っている。
即ち上記判断を通底する考え方は男性中心主義的婚姻観である。婚姻とはもとより男女が平等の立場において、性的結合を伴う共同生活を主体とする契約関係である。即ち夫と妻とは婚姻関係において対等でなければならないし、一方が他に従属し、これに追従することがあってはならないのである。もとより頭脳労働は肉体労働とは異なる。しかしそれがために妻が夫の仕事の故に通常の夫婦生活ができなかったり、また忍従を強いられることがあってはならないのである。勿論、旧憲法下における夫婦関係においてはそれが妻の美徳とされ、とりわけ吾が国においてはそれが容易に受け入れやすい風上習慣の下になった。しかしながら、女性も又一個の人格として認められる現在において頭脳労働を家庭にまでもちこまれ、妻がそのため生活様式は勿論夫婦生活まで正常でない歪曲された状態になることは到底受け入れがたく、妻の人格を全く無視したものである。抗告人が「だって、普通の夫婦の生活はそうでないでしょう」と述べたことは正しくこの本質をついた至言というべきである。夫がその仕事を家庭及び夫婦生活にまでもちこむのは吾が国の悪しき風習である。逆に妻がその仕事を家庭にもちこみ、夫婦生活を阻害するときは激しい世論の非難を受けることになる。これ正しく男性中心主義的婚姻観の如実なる表現である。
著しい原審判判示の如きであれば、抗告人が夫たる相手方に仕事を理解するということは通常の夫婦生活を捨てて、灰色の如き忍従生活を強いられる結果を意味するのである。判示の如き「辛抱していれば裕福な生活が保証される」というのは、生活が裕福であればそれだけで幸せであるとの結論に帰着しかねない。
又、判示の如き「夫の人生は高度の頭脳労働ないし思考の生活であり、妻の人生は華ばなしい行動ないし快楽の生活であった」との判断は換言すれば、高度の思想の持主又は思考の生活を送る人物の妻は普通の人間の夫婦生活もできないことを肯定しているにすぎない。しかしながら、いかに高度の頭脳労働をなすと雖もそれは飽くまで労働の1つにすぎず、通常の夫婦生活と相容れないものではない。果しなく続く家庭への頭脳労働のもちこみと、これに伴う夫婦生活の阻害に対し妻たる抗告人が不満を抱き、これを夫たる相手方へぶっつけたとしてもこれを以て夫の仕事への無理解とはいえない。
4 加えて妻たる抗告人は夫に対する世話や家庭の主婦としての仕事を全くしなかったのではない。この事は全資料を検討するも完全に否定することはできない。夫の食事、衣服の調整、洗濯、育児、これらの煩雑な家事労働を1つとして怠ったことはない。ただ、通常の夫婦生活を望んだだけである。これを以て財産形成に対する抗告人の寄与度は決して少なくない。即ち昭和37年10月婚姻後、無給医局員、○○市立病院等へのアルバイト、博士号の取得、子供の出生後一家で渡米し、「臨床を行うための資格試験」の合格等は妻の家事労働がなかったならば1つとして実現できなかったものばかりである。
この間の原審判の判示事実中、抗告人に関する夫への非協力は夫たる相手方への後年の不満が過去の事実への投影による増幅誇張とみるべき筋も多くなり、そのすべてを信用するわけにはいかないのである。
客観的に考えてもこの間が抗告人が家庭を顧みず、好き勝手なことをしていたとすれば、夫たる相手方のこれらの成功は到底考えられなかったのである。加えて判示の抗告人の行為については離婚判決の判示をそのまま踏襲していると考えられる。シンプソンとの不貞行為は事実無根であるのに、誤って不貞行為ありと判断した離婚判決が抗告人を偏見の目で観察した結果に外ならないのである。
以上の次第で相手方の今日の栄光と多額の収入の取得、及びこれに伴う資産の形式は抗告人が育児と相手方の世話という家事労働、とりわけ言葉事情もわからないアメリカでの困難な生活という筆舌に尽くしがたい状況下における抗告人の労苦も又大いに貢献していることは当然であって、「寄与はあまりに大きくない」とはどこを押しても考えられないことである。
原審判がかかる判示をなした基礎は男性優位思想による男性中心主義的婚姻観の結果というべきである。
5 抗告人の財産形式の寄与度は大であるとすれば、原審判を取消し、且つ少なくとも抗告人の居住する芦屋市○○町所在の土地建物及び同人の生活を維持するに必要なる現金を分与することが必要である。抗告人は不貞の事実もないのに虚偽の事実に基づいて誤判を受けて一方的に離婚され、他方夫たる相手方は婚姻中に富沢由紀子との情交関係も存在していた。いわば相手方は富沢との情交を正当化し、婚姻したいがため虚偽の事実を構成して離婚訴訟を提起したとも考えられる。これ正しく俗諺のいうとおり「石がながれて木の葉が沈む」の類である。
これにより抗告人は一同の慰籍料も請求できず、不貞妻の汚名を着せられ、職もなく住居すら追い出される寸前に至った。
これにより受けた精神的損害も多大である。
しかも分与されたものは財産価値のきわめて低い○○村大字○○△△△△の土地である。しかも原審判結果によれば、抗告人は現住居を明渡さねばならないことになる。職も住居もなく、無価値に近い土地のみを与えられた抗告人の行く末は正しく死を意味する以外に何物もない。原審判の抗告人の不貞行為の否定及び相手方の巧妙な不貞行為の正当化の過程を考えれば、この結果は抗告人にとってきわめて苛酷であり、生活の道をたたれたと言って過言ではない。加えて相手方自身過去をおいて芦屋市○○の現住居、△△△△の土地のすべてを抗告人に与えると約束しているのである。
以上の事実より原審判の破棄を求める。
(別紙)
合意書
抗告人 島崎裕子
被抗告人 島崎正義
右当事者間の大阪高等裁判所平成2年(ラ)第15号財産分与抗告申立事件につき、当事者間において左記条項の通り合意が成立した。
記
壱 被抗告人は、抗告人に対し、抗告人と被抗告人との間の昭和59年6月28日の裁判離婚に伴う財産分与その他一切の解決方法として次のものを給付する。
(1) 被抗告人は抗告人に対し、別紙物件目録(編略)(1)記載の土地の瑕疵のない所有権を移転し、財産分与を原因とする所有権移転登記手続をする。
(2) 被抗告人は抗告人に対し、抗告人が平成2年9月1日から平成12年8月31日まで別紙物件目録(2)記載の建物に無償で居住することを認める。
(3) 抗告人は被抗告人に対し、平成12年9月1日限り別紙物件目録(2)記載の建物を明渡す。
(4) 被抗告人は抗告人に対し前記抗告審の決定あり次第直ちに金1,100万円を支払う。
弐 当事者双方は、本書に定めある以外互に債権債務のないことを確認する。